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静かな雨 その2

「また来るね」
「うん、待ってる」
果たされないままの会話。
あんなに簡単な言葉が、最後に交わした言葉になったね。

亡くなる前の様子を、お父様から聞きました。
静かに、眠るように意識が無くなって
そのままだったそうですね。

入院する少し前から、君は夜眠るのが怖くて
お父様の隣に、布団を並べて眠っていたそうですね。

あんなに一緒に過ごして、あんなに側にいたのに
君の本当の不安も、心細さも
何一つ、私達は理解していなかった。。。。。

葬儀の日
教会での葬儀って初めてで
どうしたらいいのか分からない事ばっかり^-^;
みんな、後ろに並ばないでよ。。。。。

葬儀屋さんの手際の良さや
クリスチャンは、お別れの時間を次からは長めに見ないと・・・・
なんて、言ってるのが耳に入って、妙に苛立ったよ。
突然訪れた非日常も、彼らには日常なんだね(´・_・`)

教会に集った人たち。
私達が知らないところでも
こんなにたくさんの人に、囲まれていたんだね。

一通りのミサが終わって、シスターに訊ねられました。
「彼の、お友達のみなさんですか?」
側にいた君のお母様が
「K治が、宝物の様に大切にして来た、みなさんです」って
そう言ってくれました。
ミサの間は泣かなかったのに
また涙が溢れて、昨日あんなに泣いたのに
まだ涙が止まらなかった。。。。。。
何も言えずに、ただ首を横に振ってた。
側にいただけで、本当の気持ちを分かっていなかった私達。
君の想いに、相応しくないと思ったから。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

君と過ごした経験から、どこかでハンデを持った方を見ても
子供の頃から、特別な目を向けることは無かったと思う。

映画館のフロアで、人混みに囲まれて動けない車椅子に
「通してあげて」って、声も出せるよ。
白い杖の隣から
「待ってあげてください」って言えるよ。

でもそんな事でなく
友達を、宝物の様に大切に想ってくれた
君の想いに相応しい人に、私は少しでもなれたかな?(^-^;

君の墓碑に刻まれた言葉
「走るべき道を走り尽くして」
君は途中でいなくなった訳じゃないんだよね。
私は、まだ道の途中にいます。

今日も、静かに雨が降る一日です。


あの人にも、いつか話したかったコトの一つ。。。。。

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静かな雨

今日は朝から静かに雨が降っています。

あれから、どれくらい経ったのかな。
これは、あちらでも時々触れたり
一部の方にはメッセージにして送った事もあった話し。


小学校の頃から、付き合いのある友達がいました。
でも彼は、ハンデを持った人でした。
筋肉が固く萎縮して、身体が思うように動かせない病気。
片足は伸びたまま曲げる事も出来ず
残る足も自由に動くかと言うと、曲げられる角度に限界があり
腕も同様に、動かせる範囲はかなり制限され
背筋は捻る事も、曲げる事も出来ない身体。

顔の筋肉も萎縮していて、表情は出せても
食事を摂るのには苦労していたようです。
頬張る、という事が出来ないので
一口サイズの大きさに調理された食材を
少しずつ口に入れて、手を添えて
ゆっくり、ゆっくり食べてたね。

クラス替えで、中学までは別々のクラスだったけど
中3で、また同じクラスになりました。
体力的にハンデはあっても、いつも一緒にいて
友達の前では、明るくしていた人でした。

体力測定の1500m走
休んでいるように言った先生に、志願して走ったんだよね^-^
「みんなの迷惑になるようなら途中で止めるから、僕も走らせてください」
体調を気遣っての事だったけど、あの体育教師も
何かあればすぐ止めさせるつもりで、走らせたんだよね。
自分のペースでトラックを回る君は
フォームもペースも、自分なりの精一杯で
ゆっくり、ゆっくり走り続けて、完走したんだったね。

修学旅行も、普段いるグループが
一緒に付き添いながら、あちこち回ったね。
TDL、入れないアトラクションもあったから
時々別行動しながらも、みんなそれぞれ楽しんでたね。

そんな彼の人柄もあって、私達の友達グループは
ハンデを持っていることを深く意識もせず、普通に笑い合っていた。
それがいつまでも続くと、誰も疑いもしていなかったから。。。。。。

高校からは、それぞれの進路の事もあり
別々の学校に進学して、君は養護学校に行く事になったね。
それでも週末には、時々君の家に集って
ゲームをしたり、ビデオを見たりして過ごしたね。
(普通の映画のビデオだったよね(;・・)(・・;)うん、もちろん)
人の集る場所だった、君のいるところ。。。。

高校を卒業したら、限定付きではあったけど
車の免許も取った君。
私達もほとんどが社会人になり立てで
毎週の様に車に乗って集ったり、あちこち出かけたりしてたね。

海にも山にも出かけたね。
市内のボーリング場やカラオケが閉まってから
深夜の海とか、山とかにもね(-_-;
寒い冬の夜、冷たい海に触ったり
降る様な星を観に行ったり。
走ってる間、ステレオかけながら前では盛り上がってても
バックシートが定位置だった私は
あんまり話も聞き取れないし、眠いしで
実は、ちょっとつまらない日もあったんだぞ。。。。。
運転が好きな君は、率先して車を出して
それでも、みんなで出かけて行ったんだ。

あの頃、約束が無くても
君の家か、私の家に来れば誰かがいたりしてたね^-^;

前々から、何度かあったけど
君は短期入院することがあったね。
それでもしばらくすれば、また元気になって
いつも通り過ごしていたよね。

社会人になってから、何度目の事だったかな?
入院したって聞いてたけど
私自身の体調や仕事の忙しさもあって
お見舞いに行けない事があったね。

あれはある週末、約束も予定も無くて
何となくさびしくなって
一人で君の家に行ったら、仕事から帰ったところで
疲れていただろうに、嫌な顔もしないで部屋に迎えてくれる君。
珍しく、あの日だけは、だ~~れも来なくて
結局二人でテレビ見たり、ゲームをしながら話し倒して
「また来るね」
「うん、待ってる」
そんな会話をして帰った日、それからしばらくしてからの事だったね。

みんなが家に来た時
「今、様子を見に行って来た」って聞いて
声かけてくれたら一緒に行けたのに(´・・`)
そんな風に思ったけど、みんなにも悪くて
今からもう一度行こうって、言えなかった。
様子を聞いても、またすぐ会えるって感じだったから。。。。

それから、またしばらくして
会社で残業しながら「明日は誕生日だ」なんて考えてた時
家から会社に電話が入った。
君の急を知らせる電話。
とにかく事情を説明して、仕事を切り上げて
会社から駅に向ったんだ。
タクシーで病院まで、ハラハラしながら。
あの頃、会社に行く時と普段持ち歩く財布を使い分けてたのに
朝出かける時に、お金が多く入れてある
普段用の財布を持って出かけ
靴も通勤用でなく、普段出かける時の靴を選んだ日。
駅まで走るのも、タクシーを使うのも、虫の知らせだったのかな?


病院に着いた時、病室が分からなくて
看護婦(現看護士)さんに聞いてみると
若い方が言いよどんでる隣から、年配の婦長さん?らしき方が
「お帰りになりましたよ」って、静かに教えてくれたんだ。
「急だと聞いたのですが?」事態が分からなくて聞き返すと
ゆっくり頷きながら「お亡くなりになったんです」
よほどがっくりしてたのか「気をつけてお帰りください」って言われたよ(^_^;)

また病院前からタクシーで君の家に向う。
もう気持ちが急く事もなかった。。。ただ呆然としてた。
家に着くと、外観は何も変らないのに
玄関から部屋に通されると
お通夜に当たる葬儀が始まっていたね。
クリスチャンだった君に、神父様が祈りの言葉を読み上げてた。
先に着いていた友達も、みんなうなだれて泣いていたね。

そこで初めて、現実を理解したんだ。
「君はもういない」
涙が溢れて、止まらなくて
あんなに泣いたのは、大人になってから初めてじゃないかな?
いつまでも一緒だと思っていたのに。。。。
私達は、誰一人それを疑ってなかったのに
気づかないところで、君の身体はどんどん弱くなっていたんだね。

私にだけ、会わずに逝ってしまった君。
最期の様子を聞いたら
明け方には意識が無くなってたって。
朝知らせに来たのは、君自身だったのかな?

23歳の誕生日(何年前かは伏せといてっと)
前日は友達のお通夜、当日は友達の本葬でした。
あれも、静かに雨が降る日。。。。。。。








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